●● --- 好き、キス。ドキドキ。 ●●
「…慣れない」
その日、私は口に出してしまってたらしい。すぐ5cm先の目が少し驚いたように見返して来て、私の方がよっぽど驚いた。
「何が?」
「何がって…」
「何が『慣れない』の?」
「あ…」
言われて初めて気がついた。無意識って恐い。
口をつぐむと「ん?」と聞き返された。
「だから…」
「うん」
「…こういう状態が、ね?」
「ん?キスのこと?」
「……///」
何でこの人はこーいうことをさらりと言っちゃえるんだろう。軽く怒りすら覚える。
普通、恥ずかしくない?
「当たり?」なんて小首を傾げられて、思わず顔を背けた。
だって、恥ずかしいじゃないか。
時々急に、あなたの目が真剣になって。ゆっくり近づいてくる目は、真っ直ぐ私を見つめてて。頬や肩に触れる手が、私に身動きできなくさせる。
唇が触れ合う瞬間、二人の間にはこれっぽっちも隙間なんてない。戸惑いとかドキドキとか、緊張とか……好きな気持ちとか。全てが触れ合った部分から流れ込んでしまうようで、何か変な気持ち。
恥ずかしい感じ。
何度目か知れない触れ合いも、慣れることなんかない。いつだって私は、ドキドキさせられっぱなしなんだ。
「………ぷっ」
視界の隅で笑い声。思わずきっとなって、横目で睨み付けた。
「……何よぉ?」
「ごめんごめん!だって…」
「『だって』何よっ」
「だって……顔、真っ赤だよ?」
「―――誰の所為だっ!」
「わっ!痛いイタイ!」
腹立ち紛れにボディブロー。加えて、拳を数度胸に叩き付けたら難無く捕まえられてしまった。「もう」なんて言いながら、大きな手が私の手首を掴み取る。
次いで覗き込んで来た目は、可笑しそうに笑ってた。
「可ぁ愛いvV」
「……うるさい…」
ほら、その目も。逃げらんない…。
「慣れなくていいんじゃない?」
「…え?」
「慣れなくていいよ、キス」
――何言い出すの、この人?
私は、よっぽど怪訝な顔してたんだろう。手首を捕まえてた片手が外れて、眉間のシワをぐりぐりと伸ばされた。
「慣れなくていーの。だって」
ドキドキしてたいでしょ?
「え…?」
「手ぇ繋ぐのもドキドキする。抱き締めるのもドキドキする。キス、するのが一番ドキドキするけど…」
「…ドキドキ、するの?」
「当たり前じゃん!オレを何だと思ってるワケ?」
ぷぅと膨れるあなた。ちょっと可愛い。
言ってあげないけど。
「ドキドキしてていいんだよ。むしろ、オレはドキドキしてたいもん」
「何でぇ?心臓に悪いじゃない」
「何でダメぇ?幸せな瞬間でしょ。最高潮にくっついてさ、繋がってる感じ。世界に二人しかいない感じ」
「世界に、二人?」
「そう。幸せじゃない?」
そう言ってにっこり笑うと、胸の中にすっぽりと捕まえられた。力強い腕が背中に回って、ぎゅぅって抱き締められる。
「ほら、ドキドキしてる」
言った通り、耳を押し付けた胸は、心臓がいつもより速く鼓動を打ってた。
ドキドキ。ドキドキ。
私の鼓動も、みるみる内に速くなってく。頬っぺたもちょっと熱い。
「……ドキドキしてる?」
「…してる」
「んじゃお揃いvV」
頭の上であなたが笑う。
「『好き』がお揃い。ドキドキはその証拠だから」
少しだけ声が低くなる。抱き締められてた腕が緩んで、顔を覗かれる。片手が伸びて来て、頬にかかった髪を退けてくれた。
「抱き締めたりキスしたり。オレは、そんなしてドキドキしてる時が一番好きだよ」
さっきのいたずらな笑顔じゃなくて、暖かい笑顔だ。優しい瞳。私の好きな、こげ茶色の瞳。
見つめ返してるとその目が不意に細められて、今度はこつんと額をぶつけられた。至近距離にある口が困ったように笑った。
「その顔、やめて?」
「えぇ?」
「子どもみたいに目ぇ丸くしてじっと見るの。他の男に見せないでよ?」
「何で?」
「何でって……また怒られるから言わないけど」
「何よ、それ?」
「何でもいいから。ダメだかんね」
膨れる私の頬を、念押しのついでに指先でつまむ。ちょっと唸ると、あなたは「ごめんごめん」と、また笑った。それから額に触れるだけのキスを落とす。
「……好きだよ。キスもドキドキも、その証拠。 好きだよ?」
「…ん」
視線で頷くと、またあなたの顔が近づいて来た。今度はもう少し下に。暖かい吐息が鼻に、次いで唇にかかって、私は静かに目を閉じた。
背中に回った腕に強く抱き寄せられる。お返しに両腕を伸ばして、広い背中にしがみついた。
ドキドキ。ドキドキ。
早鐘のように打つ鼓動が止まらない。今度は自分の鼓動だけじゃなく、あなたの鼓動もちゃぁんと聞こえる。
繋がった場所から、「好き」が流れ込んでくる。私からあなたにも、ちゃんと流れてる?「好き」の想い。
ドキドキは「好き」の証拠。あなたが教えてくれたこと。「恥ずかしい」なんて嫌がってたけど、今はちょっと満更でもない気分だ。
せっかくだから、今日からはこの気持ちを楽しんでみようか。好きだからドキドキするってことは、「好き」が止まらない限り、このドキドキもなくならないんでしょう?
あなたといる限り、しばらくはこの鼓動も止まりそうにないから。
手を繋ぐたびに
抱き締められるたびに
キスするたびに
ドキドキ。ドキドキ。
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